ミハイル・フルンゼ
ロシア革命前後におけるボルシェヴィキの指導者の一人。フルンゼはトルキスタンのキルギスの首都ビシュケクで生まれた。1903年ロンドンで開かれたロシア社会民主労働党の第2回総会で、運営方針を巡り党がレーニン率いるボリシェヴィキとユーリー・マルトフの率いるメンシェヴィキに分裂した際、フルンゼはボリシェヴィキに参加した。その2年後、1905年の第一次ロシア革命でフルンゼは繊維労働者を率いてデモを組織した。革命が失敗すると、フルンゼは逮捕され死刑を宣告されたが、その後減刑され重労働付きの終身刑となった。